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「異属はな、死なんのだよ」
「え……?」おもわず聞き返すと、こちらを見据える目にむかえられた。
理解が追いつかないが、総督は話しを続けた。
「あれらは、それぞれの個体が許容以上の損傷を受けると活動を止め、およそ一昼夜で塵、もしくは泥となる」
「それは、死んだのでは……」
「そうだな、ふつうはこの現象を、異属の死だととらえている。だが違う」
「違うって、どう……」
「たいていの場合は一月、遅くても一年ほどでわれらの前に、まったく同じ個体が現れる」
「まさか……。そんな話、聞いたこと――」
言いよどんでいると、笑い声が響いた。
「あったら大問題じゃな。圧倒的な戦力の差を、人間は技術と勇気を持って乗り越えてきた。ところが敵は不死身の化け物だったと。それを聞いて信じるものはおるまい。しかし、事実だと知れたら民は恐慌を起こし、国がくずれる」
灰色の目にとまどったサヤを映して、総督は言った。
「とても、受け入れられんだろう。長きにわたって自分たちを脅かした脅威の正体がこれでは……。とてもやりきれん、そうだろう?」
「でも、わたし達、異属を見たことがないわけでも、戦ったことがないわけでもありません。たしかに恐ろしいですけど、そんな、おとぎ話みたいな」
「異属は、異属の森をはなれるほどに、まっとうな姿になっていく。かたちも、大きさも、生き物としての常識の範囲におさまっていく。ところで――そうか、外の異属を見たのなら理解が早かろう。どうであった。われらの敵は……似ていたじゃろう」
「……似ていたって」
「うんざりするほど人間に――」
サヤの肩がびくりと震えた。戦塵のすきまから、わずかに見えた姿が蘇った。
「あれが、……本当に異属なのですか? あれは、わたしたちが見てきたものとは、まるで違う」
「まあ、血管の化け物だと言う者もおったし、馬と蛇のミイラだと言った者もいた。とにかく、この砦ではあれを異属と呼ぶ。」
平然と語る総督を、信じられない気持ちで見つめた。
「それらの異属の姿もふくめて、どうにか秘密としての体裁を保っていられるのは、この砦が、異属をいまのところ食い止めていること。事実を知る連合の一部の者たちが、砦の外の異属の被害を最小限に抑えられていること。この二点に尽きる。ああ、話がだいぶそれたな、戦の陣立てについてだったな」
総督が目配せすると、マイラスがぶあつく綴じられた書類を差し出した。
「もともと、異属はこの砦を襲っているわけではない」
紙の束がいくつか選りだされて、サヤの前に投げられた。
「そして、その先に侵攻しようとしているわけでもない。やつらは土地や家畜に欲があるわけではない。――ただ人間の命を欲している」
「命って、なぜ? 理由は」
「――ない。個体差もあるが、異属は一定の数の人間の命を奪うと、申し合わせたように森に引き上げていく。それまではこちらがいくら殲滅しても、バラバラに刻もうと粉々に打ち砕こうと際限なく発生し、人間を殺す。それだけの生き物だ」
「……そのための、方法が、まさか」
「犠牲を最小限に抑えるためには、そうと知りながら、戦士たちをやつらの眼前に送り、散らせるしかない。それができなければ砦は休みなく襲撃を受け、半年も持たずに大地は異属であふれかえる」
巻狩りの陣は――、総督はテーブルに指先で陣形を描いた。
「つねに異属を包囲し、走り続ける。腹がいっぱいになった異属が引くときには、こちらも速やかに兵を下げられる。うまいやり方をしようと考えをめぐらすより、よほど被害がおさえられる。人間相手の戦ではないのだ」
マイラスが別の書類を総督の前においた。
「もうじき、われらが塵節と呼ぶ災厄がやってくる。数千の異属が、陣形に似た動きでもって襲ってくるのだ。首領と呼ばれる特別な個体が指揮をとってな。……それに対抗するには、通常の十倍以上の兵力が必要になる。その時にそなえ兵力の損耗をおさえ、できる限りの装備をあたえ、そのすべてを動員して迎え撃つ」
「……みんなは、兵のみんなは、それで納得しているんですか」
サヤは、うつむいたまま聞いた。
「機密中の機密と言ったじゃろう。当然、伝えていない。終始こちらが攻めているように見える巻狩りの陣が使われる理由はそこにある。……あるいは気づいている者もいるのだろうが」
「こっちが有利だとだまして、くじ引きをするみたいにみんなを殺すんですか」
「その通りだ、まだこの砦には時間が必要なのだ」
「時間? 時間があったらなんだっていうの⁉」
総督は目をつぶって、サヤがしずまるまでじっと待ってから口を開いた。
「……コウヤ様はわしに言われたのだ。この地に砦を築いて異属の侵入を防ぎ、独自に力を蓄えるとな。いつの日か、われらが異属を圧倒し、滅ぼすために必要なすべてをのこして生涯を終えられた」
「なぜ王国とはべつに? 力を合わせたほうが、もっといい方法がみつかるかも」
「独自に力をたくわえる。とはそういう意味ではない。世間でいわれるほどには、わしと王国は反目してはおらん。シーファはほぼすべて承知している」
「――閣下、サヤ・ノートの父は近衛兵団の……」
「かまわん、すべて話すと決めた。コウヤ様はこの砦の役割が、王国の政治に干渉され、利用されることを危惧されたのだ」
「それって、王国でいわれてる総督の悪いうわさって――」
「ほとんどは、わしの方から意図的にながしておる。いくらシーファが連合の首長だといっても、街道がもたらす富と、砦の兵力を一国が抱えることは、異属とはべつの火種を生みかねない。そこでゲン・ノートが、砦と王国を切りはなしておいて、裏では橋渡しをするという離れ業をやってのけたのだ」
「……それが、六十年前」
「わしが王国を狙っている、といううわさが立てば、他国からの不満や猜疑をそらすことができる。わしが私腹をこやして富をむさぼっている、といううわさが立てば、この地にいすわって兵を養っていることも、容易に異属の森に踏みこまない言いわけにもなる。おかげで、御前試合などという力を見せつけねばならない面倒もあるがな」
総督はおどけるように言ったが、サヤは笑えなかった。
「……おまえが言ったように、わしは何も伝えないまま、わしを英雄と信じた者たちの命を奪った。そうまでするわしはもう、勇者などではあるまい。だが、汚名という泥などいくらでもかぶろう。わしはその泥のうえから、戦いに散った者たちの血をこの身に浴びているのだから……」
「グレン総督、わたしと、ラティエは……」
「ラティエ殿がなにを求め、どこに至るためにここに来られたかは、もはや問わん。ただ、これだけは言っておく。勇者とは、人間とは、生きれるだけ生きるのではない。生きなければならないだけ生きるのだ」